仏教で説かれる「古今東西変わらないもの」とは?-因果の法則について

仏教のことを“仏法(ぶっぽう)”とも言われることがあるのはご存知でしょうか?

法という言葉の語源はサンスクリット語のダルマ(ダーマ)といわれています。

ダルマとは真理のことです。

ですから法とは、仏教で時代や場所の影響を受けることのない「古今東西変わらないもの」をいわれるのですね。

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今日の“法”と、仏教の“法”の違いとは?

法といえば、今日の日本語でも

「憲法」
「法律」
「交通法規」

など使われている言葉が多くあります。

もともと法には「変わらない」という意味があるので、そう簡単には変わらないものに法という字は使われるのですね。

日本国憲法は制定されてから70年近く、一文も変わってはいません。(安保法案を通そうと解釈の変更はありましたが、条文自体は変わっていません)

法律は憲法よりは変更されてはいますが、毎日ころころと変わるようなものではありません。交通法規が簡単に変わるようであれば、交通事故が多発して大混乱になってしまいます。

このように、法という字がつけられたなら、それは簡単に変わらないものということなのですが、それでも「古今東西変わらないもの」とはいえませんね。

憲法や法律、交通法規は国が違えば成り立たなくなりますし、いくら憲法がここ70年変わっていないとはいえ、昔には適用できませんし、これからの国政状況によって変えなければならないときがくるでしょう。

憲法や法律、交通法規はあくまで人間がその時代、その国の事情でつくったもの、時代や国の事情が変わればそれに合わせて変えていかねばならないものです。いわば人間の都合によってつくられたものであり、人間の都合が変われば変えていく必要があります。

ところが仏教でいわれる“法”は、そんな時代や国の事情、人間の都合によって変えられるものでない、古今東西変わらぬ真理なのですね。

仏教ではその真理が明らかにされているため、仏教のことを仏法ともいわれるのです。説かれている教えそのものが法なのですね。

2600年も前に、そんな普遍的な真理が明らかにされていたとはとても驚きです。

仏教で明らかにされる“法”とは?

では仏教で明らかにされている法、真理とは何でしょうか?

その本は「因果の道理(いんがのどうり)」です。

お釈迦さまの説かれた仏教はお経となって書き残されているのですが、その数は7千冊以上にのぼります。7千冊以上とは大変な数ですね。その膨大な数のお経はすべてこの「因果の道理」に基づいて説かれているのです。

ですから、因果の道理がわからなければ仏教の基礎がわからないということであり、それでは仏教を正しく理解することはできなくなってしまいます。

因果の道理を知ることが、仏教の正しい理解と直結するのですね。

それでは因果の道理とは何か?
仏教を正しく理解するに限らず、因果の道理そのものも私たちの日常生活や人間関係をよりよい方向へ導いてくれる大切な内容です。

次回以降に記事で続けて紹介もいたしますし、講座では「運命の原因と結果の法則」というタイトルで詳しくお話をしていますので、記事をご覧になったり講座に参加されたりして、ぜひ学んでいっていただければと思います。