【人身受け難し②】
■『1リットルの涙』という本があります。
自分の娘が中学生の時、
脊髄小脳変性症という、
全身の筋肉がだんだんと動かなくなっていく病気に発症し、
亡くなってしまうまでの
お母さんの手記をまとめたものです。
看病しながら娘の姿を見ては
流す涙が一リットルになった、というのが
タイトルになりました。
数年前ドラマ化もされたので、
覚えておられる方もあるかと思います。
■【私は何のために生きているのだろうか】
娘さんである亜也ちゃんが
お母さんにあてたメッセージです。
もう病に冒されて声も出せなくなり、
手も思うように動かない亜矢ちゃんが
必死に書いた文字。
真剣な目で自分を見つめ、
紙を差し出し、
答えを求める娘。
そんなわが子に
「本当にこの子は何のために生きているんだろう。」
答えが自分自身わからず、
下を向いた、と
本にはありました。
■亜矢さんが病気に気付いたのは、
歩くのが上手くいかず、
つまづいて転ぶことが多くなったからでした。
やがて立つ事ができなくなると、
車いすから病院のベッドのでの生活になります。
やがて腕の筋肉も駄目になると
文字を書くことも
スプーンを持つこともままならなくなり、
口の筋肉が駄目になると
しゃべれなくなり、食べれなくなります。
それからはのどからチューブで栄養を取り、
この病気は最後にはまぶたと目の筋肉しか動かなくなり、
目の動きでひらがな表を目で追って
医者と会話するそうです。
そんな難病に襲われた亜矢さんが、
思うように動かない震える手をなんとか動し、
やわらかいフェルトペンで
30分かけて母さんに書いたメッセージです。
■もう好きなこともできないし、死を待つだけの人生。
「必ず死ぬのになぜ生きる」
平凡な生活のまどろみが破られ、
愕然とさせられた時、
この問いに真剣な解答が迫られます。
生きる意味を問うべき学問である哲学。
その教授が
「これは答えを出してはならない問題なんだ。」
「生きる意味が大事だとは書かれているが、
それ以上のことは書かれていない。」
と言っているのを聞くと
やるせなさを覚えます。
30分かけて自分の意思を表現した亜矢さんの、その必死さに
そんな言葉遊びのような答えしか用意できない無力なものが
哲学なのでしょうか?